劇場でひとり、しめやかに発狂

観劇、コンサート、映画などの感想

お疲れ様、の前に

SHINeeのジョンヒョンが自殺した。

私は家で映画を観ていた。一緒に観ていた家族がトイレに行くというので、メッセージを確認しようとスマホを手に取り、LINEを開いたのだった。ニュース欄に並ぶ見知った芸能人の顔写真。その中にジョンヒョンがいた。そして、その下には死んだと書いてあった。一瞬何のことかわからず、その次の瞬間にひどく間の抜けた「え…」という声が漏れた。

贔屓しているグループもあれば、何も知らないグループもいる。そんな私にとってSHINeeは好き嫌いを超越した雲の上にたどり着いたグループの一つだった。「ずっとSHINeeが好き。」「あちこち目移りしても根はシャヲル。」「あのグループが好き、でもSHINeeは曲がいいから聴く。」「前はめっちゃ好きだった、けど今も曲は聴き続けてる。」そんな人が周りに数えきれないほどいる。韓国歌謡界に興味を持った人でSHINeeを知らない人なんかほとんどいないと思うくらいにその名も実力も知られたグループ。私はこの中でいう3番目のような立ち位置で、曲が出れば聴くし、単独ライブ、合同ライブ、何度かステージを見たこともあった。

合同ライブでは満を持してトリで登場。どこからともなく鮮やかなグリーンの光が灯りだし、会場中が同じ色に染まった時には驚愕した。さらに曲が始まると、さっきまでとは比べ物にならないくらい大きく、揃った掛け声がこだましてさらに驚いた。SHINeeってば愛されてるなあ。そうだよね、かっこいいもの、歌唱力もダンスも曲も素晴らしいもの。なるべくして大きくなって、たくさんの人に認められているのだなと。納得して帰路に就いたのが2015年のことだった。

そんな風にSHINeeを俯瞰してきたはずなのに、大きなショックを受けたことに自分でも驚いた。人に優しく、高らかに歌い上げ、日本語で流暢に会話する、私の記憶の中にある断片的なジョンヒョンの表情ひとつひとつが頭の中を巡った。もう2度と、新しい彼の表情は見ることができず、もう2度と、彼にまつわる情報は更新されないのだと思ったら、胸がぐっと苦しくなった。直接知っている人でもなく、熱狂的なファンというわけでもないのにここまで苦しく思うなんて。ただただジョンヒョンという人がこの世からいなくなり、人生のシャッターがガンッと降りたこと。その事実がショッキングでたまらなかった。いとも簡単に、人の一生は終わってしまった。

自分自身に限界を感じ、失望し、癒す術を見つけることができずに死を選んだ。そこには計り知れない苦悩と葛藤があったのだろう。ここまで自分を追い込み、音楽へ真正面から向き合ったことが、彼が愛される理由や功績を作ったのだろうし、この生き方が彼を豊かにしていた側面もあったのだと思う。でも、だから、死を選んだのかもしれない。

彼はたくさんの人に愛された。家族もいて、仲間がいた。だからこそ越えられたこともあっただろうけれど、だからこそ想像を絶する重荷も背負っていたのだろう。これをひらりとかわせる器量よしもいれば、そうでない人もいる。救われずに深いトンネルを歩き続けたジョンヒョンは、どれも無駄にしたくなかったから命を絶ったのかもしれないと思う。

 

私はこれからの人生について、仕事について、悩み事を重ねている最中だった。こうなるときまって無気力になり、食欲がわかなくなり、感情に振り回される。そんな時にこのニュースが飛び込んできた。

こんなに真剣に生きた人にくらべて、私はずいぶんブレているなと反省しはじめた。でも、裏を返せばこのブレこそが私を生かしているのだ。だからこそ悩むことも多々ある。そしてちょっとした面倒に直面すると「あー生きてるのメンドクセ」って思ってしまう。それが今だ。

 

悲報の翌日はたまたまお休みで、少し遅めの朝。部屋着のままリビングをうろついていた。お腹も空かない、かと言って今起きたのにまた寝るわけにもいかない。かと思えば日差しを感じて少し気が晴れたり。躁鬱を繰り返して自分の情緒に振り回されていた。今日も一日こんな状態なのかと思ったら、どうしても前など向けない。

ふと無気力のもやが目の前から去った瞬間、避けていたニュース映像や彼にまつわる音楽を、ちょっと聴いてみようという気になった。

この言葉を、ジョンヒョンは腹の底から感じたかったんじゃないか。重いため息をついたとき、ため息さえつけない1日を過ごした時、大丈夫だよ、と言ってくれる人はいなかったのか。言われても、自分を追い込むあまり、そう思うことができなかったのか。

そんなことを思いながら、この流れで何か食べようとラーメンを作りだした。動いてしまえば意外とできる。ちょっと自信を取り戻す。

そのあとは曲をランダムに流したまま、3分後、ラーメンの火を止めにいった。食欲のないままに作り始めたはずなのに、ふわっと湯気が鼻に伝わると「ああいい匂い、お腹すいた。」「まだまだ生きていたい、明日はいいことありそうだ。」なぜだかそう思えた。涙が止まらなくなった。日常の片隅で、まだまだ私は幸せを感じられるのだ。人生捨てたもんじゃない。

 

ちょっとしたことで生きるのが面倒だと思い始めた時、黒々とした闇にばかりつい目がいってしまい、あっという間に吸い寄せられることがある。隣には光がさしているのに、そこには目もくれず。少し後ろに下がれば、光も闇も見える。一歩光の方に足を進めてみれば、思ったより私は楽しく生きていけることに気づく。

こんなにも真剣に、生に、音楽に、幸せに、立ち向かっていたジョンヒョン。彼が持ち合わせていた真摯さを、私は「生きる」ということそのものに向けたい。命ある限り生きることが、結果として私ができる唯一の自己実現に、親孝行に、社会貢献になればいい。生きることは楽しくて、辛くても愛おしくて、悲しくても明けない夜はなくて、明日もきっと楽しい。

私は私にいい気持ちでいてもらえるように、今日も生きていく。